中華料理を食べに行った帰りの夜道で、車の追突事故に出くわした。
 暗い交差点の真ん中で、避けきれずに鈍く鼻先を潰しあった二台の車が、あっけない音と煙を吐きだして動かなくなった。片方の車の運転手がドアを開けのろのろと往来を渡り、力なく歩道の隅にしゃがみこんでいるのが見える。私はとっさに119番に電話をかけて、救急車を呼んだ。電話を切った後になって、運転手は怪我をしたわけじゃなかったのに、と思う。瞬間の事故に会って「生きている」ことに氣付き、うろたえていたのは、あの運転手だけじゃなかった。そんな興奮を抱えたまま、立ち寄ろうと思っていた本屋に入ると、思いがけず『蟹工船』と出会った。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

  • 作者: 小林多喜二
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1954/06/30
  • メディア: ペーパーバック
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 この当時、2008年に入って小林多喜二の『蟹工船』(新潮文庫)が五倍の売り上げをみせている、という事をテレビや新聞を目にしない私は知らなかった。本屋の店先には、新潮文庫版『蟹工船』が平積みにされている。これには面喰った。朱色と黒のあざやかな色の対比にポップなフォントで印字された『蟹工船』『小林多喜二』の文字がことさらに目を引く。配色のバランスが私にアニメの「ガンダム」を思い浮かばせる。

むせぶごとく萌ゆる雑木の林にて友よ多喜二の詩を口づさめ

という寺山修司の短歌が氣にかかっていた私は、『蟹工船』の最初の1、2ページを読んで驚きをかくせなかった。ここ最近ずっと求めていたものを、見出した気がした。上氣した氣分でまよわずその本を買い、ビールを買おうと思っていたのを止して、家に帰った。

 *

 この本の中では、うすぎたなく野卑に生きる親爺たちがそのままの姿で息をしている。つくりものでなく、間違いなくあるがままの生き物としてそこにいる親爺たちに、私はどうしようもない親しみをおぼえる。そういう意味では『蟹工船』を、現代的なルポルタージュの先駆けとして読むことができるだろう。けれども、それだけではない。何よりも私を驚かせたのは、『蟹工船』が文章として第一級のものだったことだ。左翼活動家として虐殺された多喜二を、純粋に作家として評価する声を私は聞いたことがない。けれどもここには、中上健次にも匹敵するような純度の文体をもって世界を描く、ひとりの純粋な小説家がいる。

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【日本語を読む】小林多喜二『蟹工船』|根津耕昌/Kousuke Nezu|note